1958年(昭和33年)のこの日
宇都宮飛行場で戦後 国産初のジェット練習機が日本の空に舞い上がりました。
(とある方から 頂いた写真です)
前日までとは打って変わり快晴!
遠方には雪を抱いた日光連山が輝いています。
滑走路の周りが瓦礫なのは滑走路が新設されて間もない頃と思われます。
中島時代は現在の誘導路が滑走路だった様です。
ついでに中島飛行機時代は今のレーダーサイト辺りが整備工場だった様です。
(戦後の航空写真が北宇都宮駐屯地資料室に残っています)
チェース機にはT-33A 71-5237 が前日に飛来し対応した様です。
T-33Aは滑走路をほぼフルに使って離陸
T-1は 僅か300mで離陸してしまった その為 T33が上がって来るまで上空で待たされた という。
しかし 1958年というのは SUBARU360が発売された年でもあり 東京タワーができた年でもあり 高度成長の真っ只中だったのですね!